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ともぐい(河崎秋子:著)

【全体的な感想など】

直木賞受賞作。

本書題名の「ともぐい」とは、同類の動物の一方が他方を食うこと。

生きる営みの中での行動とはいえ、残酷さを感じるのだが、比喩的な意味として、仲間や同類の者が、それぞれ自分だけの利益を求めて他を害する結果になること、とある。

この意味において、人間の社会では、「ともぐい」が残酷、非情に行われると言えるのかもしれない。

命がかかった時、動物も人も本能のまま、本性むき出しで生きようとするであろう。

そして人は時に動物より狡くもあるのだが、

他者を助け、また思いやる心が持てるのも人ゆえである。

【あらすじ】

明治時代後半、日露戦争が始まろうとする時代。

北海道の東部の山で、一人生きる猟師の男がいた。

名は熊爪。歳は30代半ば、がっちりとした体格。名前を付けていない一匹の犬が、唯一信頼する相棒である。

熊爪は、両親を知らず、山で生きる術は、アイヌの村で育ったという養父から教わった。

熊爪は一年中、山の中で暮らしている。小屋を構え、熊や鹿などを銃で仕留め、自ら解体し、自ら利用する以外の肉や毛皮を担いで町に行き、売るのである。

そのカネで、コメや弾丸など必要なものを手に入れていた。

肉などを売る先は決まっており、町一番の金持ち、井之上良輔が経営する商店であった。

熊爪は、その生い立ちと育ちから、人とのコミュニケーションが極端に苦手であり、風貌や獣臭さが町の人から嫌がられていることもあり、カネを得るためとはいえ、町に出ることは煩わしいことであった。

良輔は、熊爪と同じ世代であるが、細身で眼鏡をかけた、ひ弱な秀才タイプだが、人当たりも柔らかく、穏やかである一方、向上心旺盛な野心のある男であった。

そして同世代だが、まったく異なった生活をする熊爪に興味を持っており、売買の取引後は、酒を飲みながら熊爪から山の話を聞くことを楽しみにしていた。

熊爪は良輔に対しても、話をすることに煩わしさを感じていたが、二人は良好な関係を築いていた。

熊爪はそんな生活に満足をしていたのだが、ある日、山で瀕死の重傷を負った太一という猟師を助けることになる。熊爪は、ケガの状況を見て、どのように処置すべきか判断する知識を持っていた。

太一は失明したものの、命拾いしたのである。

そして太一がある程度動けるようになった後、熊爪は、太一を良輔のところに預けるが、良助から太一が連れてきてしまった熊を仕留めるよう頼まれる。

そして熊爪はその熊を追うのだが、今度は熊爪が腰の骨を折る重傷を負ってしまう。

そこから熊爪の生活が狂いはじめる。

熊爪の骨折は、なんとか歩けるようになるものの、元のような猟をするのが難しくなってしまう。

良輔はそんな熊爪に対し、炭鉱で働き、家族をもつことを勧めるも、熊爪の気持ちは揺れながら、決められないでいた。

しかし、熊爪がそんな状況となった中、羽振りのよかった良輔の事業も歯車が狂いはじめていた。

最終的に良輔の事業は日露戦争の迫るなか、うまく回らなくなり没落してしまう。

熊爪は、良輔の事業のことなど何も知らない中、良助の家に引き取られていた少女、陽子を連れていくと言い出すのだが、良輔もそれに応じてしまうのだ。

良輔には、妻、ふじ乃との間に子供がおらず、不遇の生い立ち、育ちの陽子を引き取っていたが、その陽子は良輔の跡取りとなりうる子を宿していた。しかし良助は、熊爪の願いを聞き、結局全てを失ってしまう。

一方熊爪は、陽子を連れて山で暮らすことになり、陽子が産んだ子と暮らしてくかと思われたが、壮絶な最期を迎えることになってしまう。

明治時代の北海道。開拓で人が激増した頃。

そんな中で良助は成功した一人。番頭や丁稚、女中など多くの人を雇い、町一番の金持ちになった。しかしその後の時代に流れに乗れなかった。

事業がうまく言っていた時、良輔は、熊爪にはもちろん、雇人たちに対しても、重傷を負った太一、地元の漁師など、周りの人たちに良くしていたが、事業が傾くにつれ、皆離れていってしまった。

それらの人たちも生きていかなければならず、当然ともいえるが、良輔はどんな思いだっただろうか。

熊爪は、人との関り方を学ぶ機会もなく生きてきた。良輔との関りが精いっぱいであった。重傷を負ったことで、町で生活することにも気持ちが揺れるが、結局山に戻った。

怪我により、以前のように猟が出来なくなってしまったことは、熊爪によって生きていくことを困難にしてしまったのだろう。

しかし、いずれにしても熊爪と良輔の二人は、まっとうに、懸命に生きたのではないか。

そして、その結果は受け入れるしかないのが人生なのであろう。

【まとめ】

熊爪の山で生きる力強さは、厳冬のマイナス30度の鹿猟の場面などから感じられた。

鹿を銃で仕留め、即、自らナイフで捌き、

その場で肝臓をナイフで切りながら食すのである。獲れれば食べるまで。

熊爪の狩猟生活から、人間は命を頂くことで生きているということを、見せつけられる。

多くの現代人の生活は、熊爪とはおよそかけ離れているが、人間も、動物も同じ生命として、他の命を取り入れることで生き続けられるという本質を理解しておくことは大切なのだと思う。

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